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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)6132号 判決 1982年12月24日

原告(選定当事者)

和田真一

原告(選定当事者)

渡辺博

右原告ら訴訟代理人弁護士

赤沢博之

春田健治

被告

長尾豊

被告

井出倉蔵

被告

大屋庄三

被告

長畑平八郎

右被告ら訴訟代理人弁護士

巽貞男

主文

一  被告らは、連帯(不真正連帯)して原告らに対し、二一四五万八三七六円及びこれに対する昭和五三年三月二六日以降右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告両名

1  被告らは、連帯して原告らに対し、金三七五八万八〇二一円及びこれに対する昭和五三年五月二六日以降右支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告ら

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告両名主張の請求原因

1  当事者等

原告両名を含む別紙(略)選定者目録記載の選定者ら〔四一名〕(以下、以上を単に原告らという)は、訴外株式会社布施自動車教習所(以下、布施教習所という)に雇われ、同教習所で働く従業員であり、かつ、布施教習所の従業員で組織されている総評全国一般大阪地連全自動車教習所労働組合(以下、組合という)布施分会(以下、分会という)の組合員であって、布施教習所が昭和五三年五月二〇日付をもってなした事業所閉鎖・従業員全員解雇を不当労働行為であるとして、その撤回を要求して闘争中のものである。

被告長尾は、布施教習所が設立された昭和三八年一二月当時から同教習所の代表取締役であり、その他の被告らは、いずれも昭和五一年の春闘以後に、布施教習所の取締役に就任したもので、昭和五二年七月以降同五三年五月の事業所閉鎖に至るまでの間は、被告ら四名によって布施教習所の取締役会が構成されており、その全員一致の合意の下に布施教習所の経営が為されていた。

2  入所受付停止等

(一) 被告らは、昭和五二年一〇月二二日開催の布施教習所の取締役会において、全員一致で、教習生の入所受付を停止する旨の決議をしたうえ、同年一一月一日以降布施教習所の教習生入所受付を停止する措置をとり、その後も、被告らは、全員一致の合意の下に、布施教習所の教習生の入所受付を再開することなく、右入所受付停止の措置を続け、(以下、本件入所受付停止ともいう)かつ、在籍教習生を転退校させた。

(二) その後、布施教習所は、昭和五三年四月一五日開催の取締役会において、(イ)原告ら従業員全員の解雇と事業所の閉鎖、(ロ)布施教習所の解散、(ハ)訴外長尾商事株式会社との土地・建物の賃貸借契約の解除等を決め、原告らに対し、同月一九日付をもって、予告期間三〇日を経過した同年五月二〇日限り、原告らを解雇する旨の通告をした。

3  原告らの一時金賃金債権

原告らは、布施教習所に対し、次の通りの一時金、賃金債権を有しているところ、その合計額は金三七五八万八〇二一円である。

(一) 昭和五二年度夏季一時金残額金

組合と布施教習所との間において、争議の際、いずれか一方が仲裁裁定申請を労働委員会に申出て仲裁裁定のあった場合は、双方これに従う旨の労働協約が存するところ、昭和五二年度夏季一時金について、組合が右協約条項に従って大阪府地方労働委員会に仲裁裁定の申請をし、同年一〇月一八日、夏季一時金は、組合員一人平均三九万円とする、との仲裁裁定が出された。

右裁定に従って、組合と布施教習所との間において、各人の具体的配分について協議した結果、欠勤控除及び大型手当控除分の再配分分を除いた金額について別紙夏季一時金残額計算表の(一)記載の金員で合意に達した。(右金員は本来更に再配分分が上積みされる予定であるから内金である。)

ところで、布施教習所は、右金員を支払わないため、原告らは、大阪地方裁判所に一時金仮払仮処分の申請をし、その決定を得て、布施教習所の預金債権などを差押えた結果、別紙夏季一時金残額計算表の(二)記載の金員を取立てることが出来たが、結局同表の(三)記載の金員が未払いのままとなっている。

(二) 昭和五二年度冬季一時金

昭和五二年度冬季一時金についても、同様に、組合の申請に基づき、昭和五三年三月二二日、大阪府地方労働委員会において、組合員一人平均三九万円とするとの仲裁裁定がなされた。前記同様の配分方法によって算出すると、前記再配分分を除いた金額は、別紙未払賃金明細表の(二)記載の金員となるが、布施教習所は現在に至るも右金員の支払をしない。

(三) 昭和五三年四、五月分の賃金

布施教習所は、原告らに対し、昭和五三年四月分、同五月分の賃金を支払っていない。

布施教習所は、昭和五二年一〇月まで、正常な業務をしていたに過ぎないところ、同年八ないし一〇月分の原告ら各人の平均賃金月額は、別紙未払賃金明細表の(三)記載の金額となるから、これが、昭和五三年四月分及び五月分の賃金として、原告らに支払われるべき賃金額である。

4  損害

次に、被告らが、前記の如く本件入所受付停止をし、また、在籍教習生の転退校をさせたために、布施教習所は、その後無資力となり、原告らは、布施教習所から現実に右一時金及び賃金の支払を受けることができず、右一時金及び賃金債権相当額の損害を被った。

5  不法行為責任

そして、被告らが本件入所受付停止をし在籍教習生を転退校させたことは、以下に述べる通り、原告らに対する関係で、共同不法行為を構成するから、被告らは、前記原告らの被った損害を賠償すべき義務がある。

(一) 被告らは、分会が労働組合として発展して行くに従い、これを嫌悪し、その組織破壊に積極的に乗り出してきたが、その手段として、布施教習所の唯一の収入源である教習生の入所受付を停止した。

右入所受付の停止が、組織破壊を目的としたものであることは、大阪府地方労働委員会の夏季一時金に関する仲裁裁定が出された直後の昭和五二年一〇月二二日に、同年一一月一日から争議を終結するまで、新規入所受付を停止する旨の決議がなされたところからも明らかである。

(二) 右入所受付の停止は、新規教習生の受付を停止し、布施教習所に収入減をもたらすことにより、原告らに不安と動揺を与えた上、入所受付再開と引換えに、これまでの布施教習所の不当労働行為に対する分会の要求を撤回させ、昭和五二年八月三一日に提示した新労働協約案を分会(ないし組合)に受諾させ、また、賃上げなどの組合の権利を奪うことを目的とするものである。

(三) 被告らは、本件入所受付停止を決議した後、再三に亘り、取締役会を開催したが、その基本姿勢は変ることなく、入所受付を再開せず、収入の途を閉ざし、その上、昭和五二年一一月頃から在籍教習生に対し、転退校を強要して教習所に損害を与え続けてきた。

そして、さらに、被告らは、自らの決議により、収入の途を閉ざした上、赤字を理由に、昭和五三年四月一五日、全員一致で、事業所閉鎖、全員解雇、賃借していた布施教習所の土地建物を訴外長尾商事株式会社に返還する旨の決議をした。

(四) このように、本件入所受付停止は、違法な不当労働行為そのものであるか、ないしは、これと密接に結びついたものであり、被告らがこれを継続させ、かつ、在籍教習生の転退校を強要したことにより、布施教習所の財産が減少し、原告らにおいて、前記未払の一時金及び賃金の支払を受けられなくなったのであるから、被告らが本件入所受付停止の措置をとってこれを継続し、かつ、在籍教習生の転退校を強要したことは、故意又は過失により原告らの一時金及び賃金債権を侵害したもので共同不法行為を構成する。

(五) したがって、被告らは、民法七〇九条、七一九条により、各自連帯して、原告らが被った前記一時金及び賃金債権相当の損害を賠償すべき義務がある。

6  商法二六六条の三の責任

次に、被告らは、次に述べる通り、商法二六六条の三に基づき、前記原告らの被った一時金及び賃金債権相当の損害を賠償すべき義務がある。

(一) 被告らは、前記のように、分会潰しのために、教習生の入所受付停止の措置を続け、かつ、在籍教習生の転退校を強要して、自ら布施教習所の収入源をなくし、布施教習所を無収入状態に陥入れたものであるところ、そもそも布施教習所が株式会社として存在している以上、布施教習所の経営を維持し、利潤の追求を目指すべきであって、そのために、被告らには、代表取締役ないし取締役として、布施教習所の経営を維持し、利潤を追求するという本来の業務を忠実に果たすべき義務がある。

(二) ところで、布施教習所では、新規教習生の入所受付を停止するという措置や在籍教習生の転退校の措置さえとらなければ、容易に原告らに対し未払の一時金や賃金を支払うことが出来たのは勿論、企業としても、その経営を維持していくことが十分可能であったにも拘らず、被告らは、前述の通り、その経営責任を故意に放棄し、分会潰しに狂奔した結果、布施教習所の原告らに対する未払の一時金及び賃金の支払を不能にしたものである。

(三) したがって、被告らは、布施教習所に対する悪意又は重大な過失による任務懈怠により、同教習所に損害を与え、その結果、原告らに前記損害を被らせたものというべきであるから、商法二六六条の三により、原告らの被った前記一時金及び賃金債権相当額の損害を賠償すべき義務がある。

7  よって、原告両名は、別紙選定者目録記載の四一名の選定当事者として、被告らに対し、民法七〇九条七一九条又は商法二六六条の三に基づき(選択的併合)、右一時金及び賃金債権相当の損害金三七五八万八〇二一円とこれに対する右不法行為後で右一時金、賃金債権中履行期の最も遅い昭和五三年五月分の賃金の支払日の翌日である同年五月二六日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否および主張

1  請求原因1の事実のうち、原告らを含む別紙選定者目録記載の選定者ら(原告ら)が、訴外株式会社布施自動車教習所(布施教習所)の元従業員であり、総評全自教労組布施分会(分会)の組合員であること、原告らが、被告のなした原告ら主張の布施教習所閉鎖・全員解雇に反対して闘争中であること、布施教習所閉鎖前、被告長尾豊が同教習所の代表取締役であり、その余の被告らがその取締役であったこと、以上の事実は認め、その余は争う。

同2(一)の事実は争う。もっとも布施教習所が、昭和五二年一一月一日以降新規教習生の入所受付を停止する措置をとり、その後も右入所受付を再開することなく、右措置を続けたことはある。

同2(二)の事実のうち、布施教習所が昭和五三年四月一五日開催の取締役会で事業所閉鎖の決議をし、昭和五三年五月二〇日限り、原告ら従業員を解雇したことは認めるが、その余は争う。

同3の事実のうち、布施教習所が原告らに対し、昭和五二年度夏季一時金残額、同年度冬季一時金、昭和五三年四月及び五月分の賃金を支払っていないことは認めるが、その余は争う。右未払賃金等の額は、原告ら主張のような額ではない。

同4ないし7は争う。

2  本件入所受付停止措置についての取締役会決議の不存在

本件入所受付停止は、布施教習所の日常の業務執行行為としてなされたものであって、被告らが取締役会において、その決議をしたことはない。

布施教習所では、本件入所受付停止前にも、昭和五二年四月に約一ケ月間、同年六月に大型免許に限り約一ケ月間、それぞれ入所受付停止をしているところ、右入所受付停止は、いずれも課長職以上の幹部会議できめられているのであって、本件入所受付停止も、これと同じである。

もっとも、本件入所受付停止については、布施教習所の昭和五二年一〇月二二日開催の取締役会において、その旨決議したと記載されている取締役会議事録(<証拠略>)が存するが、右は、昭和五二年一一月に入ってから労使紛争の資料のために作られたに過ぎないものであるからこれをもって右取締役会の決議があったとすることはできない。

したがって、右取締役会決議の存在を前提とする原告らの本訴請求は、その前提を欠き、失当である。

3  本件入所受付停止の適法性

本件入所受付停止の措置は、以下に述べる通り、布施教習所の教習業務の円滑化を図るためにとられた正当な業務執行行為であって、分会の組織破壊を目的としてなされた不当労働行為ではない。

(一) 布施教習所における入所受付停止の措置は、教習生の数に比し、授講者すなわち指導員の人数が著しく少なくなり、教習業務に障害が生じたときに、その均衡をはかるために行なう操作である。これは、教習生数と授講者(指導員)数の不均衡が、教習の水準を低下させることとなり、それがとりもなおさず、自動車運転者の資質の低下を招き、交通事故の重要な原因ともなるから、その均衡をとるためのものである。

また、現実にも、教習生が増え過ぎると、授講者すなわち指導員の手が廻らなくなり、授講者側の健康を害したり、さらには、教習生から苦情が出たりして、教習業務が円滑を欠くようになるのである。したがって、教習生と授講生の人数が均衡を失った場合には、その均衡を回復するために、教習生の入所停止を行なうのである。

(二) なお、布施教習所では、本件入所受付停止前にも、昭和五二年四月一一日から同年五月中頃まで、及び、大型免許関係についてだけ同年五月末から約一ケ月間、それぞれ入所受付停止措置をとっているところ、これらの措置については、原告らの所属する組合から何ら非難されず、正当な人数調整として受けとめられているのである。

右昭和五二年四月の入所受付停止は、一日の稼働時間三七〇時間という勤務体制の下では在籍教習生七〇〇ないし八〇〇名の教習を行なうのが限度という計算から、当時九〇〇名を超える在籍者がいたので、教習生の調整を要するということで行なったもので、その結果、五月の未教習生徒数は七九名と減少した。

(三) 本件入所受付停止は、教習生入所人員調整のため行なわれたもので、適法なものである。

(1) まず、教習期限は、普通大型免許の場合、教習を開始してから六ケ月以内に、教習教科を全部終了しなければ、それまでに履修した教習実績はすべて無効となり、一旦教習を開始すると、どのような事情があっても、教習生の教習を止めてはならないのである。

そして、教習課程は、学科単位が三〇時間以上、技術が二七単位(時間)あり、一日、二単位しか履修できないという基準がある。

(2) ところで、技術履修は、平均的なもので、三二時間から三六時間を要し、教習所の休日、教習生の都合などを考慮すると、早いもので二ケ月間、普通で三ケ月間、遅いもので四ケ月間を要するのである。

そこで、仮に、技術履修に三二時間を要するものが、二ケ月間で履修日を終了するとすれば、一ケ月当り一六時間で、このようなものが全員いたとすれば、一ケ月間の稼働時間が九〇〇〇時間で、五六二名のものが教習を受けられることになる。

また、技術履修に三四時間を要するものが、三ケ月間で履修を終了するとすると、一ケ月当り一二時間となり、稼働時間九〇〇〇時間で、七五〇名の者が教習を受けられることになる。

(3) 本件入所受付停止がなされた直前の昭和五二年一〇月における布施教習所の稼働時間は、七四八五時間であったところ、この稼働時間で、一ケ月当り一二時間の教習を受け得る教習生の数は、六二三名となり、また、一ケ月三四時間の教習を受け得る教習生の数は、四六七名となるから、当時布施教習所に在籍していた教習生七四六名は、教習を受け得る適正人員数をかなり超過していたのである。

(4) 入所受付停止の措置は、現実には、毎日の教習生の教習車乗車確保状況をみてとられるものであるところ、本件入所受付停止は、昭和五二年一〇月になって、分会によるストが度々行なわれて稼働時間が減少した上、原告らの組合活動と称する業務妨害行為により、昭和五二年一〇月二〇日、管理職二名が退職するなどの事情から、分会がストを行なった場合の指導員の補充ができなくなり、教習生に対する教習に支障が生じたので、教習生を減少させるために止むなくとった措置であって、適法である。

(四) 本件入所受付停止の措置は、前述の通り、教習生と授講員(指導員)の人数の均衡を回復するためのものであるから、その期間は、右均衡を回復するための合理的な期間に止まるものであって、当初は、長期に亘ることは予測されていなかったのである。当時、布施教習所としては、約一ケ月間をその目処としていたのである。

もっとも、本件入所受付停止の取締役会決議を記載した取締役会議事録(<証拠略>)には、本件入所受付停止は、分会との一連の争議が終結するまで行なう旨記載されているが、前述の通り、右議事録は、後日、形式的に作られたものであるから、事実証明文書としての証明力は極めて弱いもので、これをもって、前記主張事実の存在を妨げるものではないというべきである。

(五) ところが、右入所受付が(ママ)その後も継続されたのは、以下の事情によるのである。

すなわち、昭和五二年一一月になると、原告らのストや組合休暇などによる争議行為は一段と激化したため、原告らの稼働時間も更に減少し、布施教習所の教習能力も一層低下してきた。

その上、原告らは、昭和五二年度夏季一時金につき、一人当り金一五万円を支払う旨の布施教習所の提案を拒否し、その後、大阪地方裁判所に対し、右一時金の仮払を求めた仮処分を申請し(同裁判所昭和五二年(ヨ)第四九〇一号)、その旨の仮処分決定を得て、これに基づき、同年一二月一日、布施教習所の動産及び銀行預金を差押えて競売手続に着手した。そして右差押にかかる動産のなかには、教習用自動車をはじめ、信号機、教習用黒板等備品、深視力計ら教材格納用ロッカー、等が含まれていたところ、動産についての競売は、同月九日に行なわれ、一部競売延期となった教材もあったが、競売された中には、練習車も含まれ、設備動産や家具類も競売され、布施教習所の物的設備としては、公安委員会の指導にもそぐわない状態となった。さらに、当時、道交法の改正で、布施教習所では、その教習コースの改修をしなければならなくなっていたところ、右仮処分決定の執行で、その資金調達も不可能となり、コースの改修もできなくなって、教習に重大な支障が生じた。

右のような事情から、布施教習所では、本件入所受付停止から一ケ月を経過した昭和五二年一二月以降も、入社受付を再開して正常な教習業務を続けることはできなかったので、布施教習所は、やむなく新規入所受付の再開をせず、入所受付停止を続行することとしたのである。

したがって、布施教習所が、昭和五二年一二月以降も、本件入所受付停止の措置を続け、新規の入所受付を開始をしなかったことは、適法であって、何ら非難さるべきことではない。

(六) なお、昭和五三年一月以降の事情は次の通りである。

(1) 布施教習所は、前述の如き原告らの争議行為の頻発、競売等により、その教習業務は執行不能となり、在籍教習生についても、円滑な教習をすることができなくなったので、やむなく他の教習所に在籍教習生の教習を依頼せざるを得ない状態が続いて、昭和五三年一月末には、布施教習所の在籍教習生は、一三七名となり、その収入は減少した。そのため、このままでは、布施教習所の従業員に対する賃金の支払も困難になる状況になったので、布施教習所は、昭和五三年一月一三日、原告らに対し、正常な教習業務を再開すべく、布施教習所の再建案について、話合いを求めた。

(2) しかるに、原告らは、布施教習所の会社再建案を叩き台とする提案の話し合いにも応ぜず、また、就労時間中、就労場所にも待機せず、集団で執務中の職制を取囲み、約一〇分ないし五〇分間隔で大声を上げ、「お前みたいな奴は早くやめろ。」「腹切って死ね。」「ゴキブリ出て行け。」等と耳元で叫び、個人に対する暴言をまじえて職場の業務を妨害したり、布施教習所全域に通ずる教習業務用の卓上マイクを不法に使用し、「この会社は、法律も規則も守りません。」「社長は、黒字であるのに、なおもうけをふやそうとはかって組合つぶしをはかっている。」等と教宣をし、そのために、布施教習所の在籍教習生に不快な感情と教習所不信の念を抱かせたり、教習コース内を三〇余人でかけ足をし、これを各インターバルの間隔で繰り返すので、教習生に奇異な感じを抱かせたり、その無秩序振りは、枚挙にいとまがなく、布施教習所の会社経営正常化の努力は、無為となった。

(3) 右のような無秩序振りは、昭和五三年二月になってからますます激しくなり、布施教習所の職制は、肉体的にも、精神的にも疲労し、業務正常化への途は、難しく、労使間の不信感は、増大した。

(4) 以上のような状況で、布施教習所は、結局、入所受付停止の措置をやむなく続けていたものであって、この点からも、昭和五三年一月以降入所受付停止の措置を継続したことは、適法な行為というべきである。

4  因果関係の不存在

次に、本件入所受付停止と原告らに対する賃金の不払による損害の発生との間には、相当因果関係はない。

(一) まず、原告ら主張の昭和五二年度夏季一時金は、布施教習所が資金不足で、例年通りその支払ができなかったにも拘らず、大阪府地方労働委員会が組合の申立により、仲裁裁定をし、その結果発生したものであるところ、布施教習所では、当時既にその業務が正常に運営されていても、その従業員に対する賃金が支払えない状態であったから、本件入所受付停止と右夏季一時金の支払を受け得なかったことによる損害との間には、相当因果関係がない。

(二) 次に、昭和五二年度冬季一時金についても、これは、大阪府地方労働委員会の昭和五三年三月二二日の仲裁裁定により発生したものであるところ、布施教習所では、これより先の昭和五二年一一月一日から概ね一ケ月を目処に、本件入所受付停止を実施することにしたのであるから、本件入所受付停止と右冬季一時金の支払を受け得なかったこととの間には、相当因果関係はない。

(三) さらに、布施教習所は、昭和五三年四月一五日の取締役会で、債務超過を理由に、同年五月二〇日限り事業所閉鎖をする旨決議し、同月二一日から、従業員全員につき自宅待機させることを決定した。このような経過からすると、同年四月分及び五月分の賃金は、当然に支払えないものと考えられ、右賃金の不払は、右事業所閉鎖の一連の行為によるものというべきである。

したがって、本件入所受付停止と原告らが昭和五三年四月分及び五月分の賃金の支払を受けられなかったことによる損害の発生との間には、相当因果関係はない。

5  営業譲渡に対する不承諾

仮に、本件入所受付停止が、右未払賃金発生の遠因となっていたとしても、被告らには、以下に述べる理由により、原告ら主張の損害賠償義務はない。

(一) 前記3の(五)(六)に述べた事情等から、布施教習所では、原告らに対する一時金及び賃金の支払ができなくなる虞れが生じたので、負債支払の源資を捻出する等のため、その経営者の交替とこれによる営業の譲渡を計画した。

(二) そして、布施教習所は、昭和五三年三月頃、原告ら主張の賃金債権を含む布施教習所の全債務を支払うため、その営業権を一億三〇〇〇万円で他に売却することを決め、その売却先もほぼ確定したので、同年三月三〇日、原告らの属する組合に対し、右営業譲渡と負債支払の計画を通告し、ついで、同年四月四日、布施教習所は、取締役会で右営業譲渡の決議をなし、同月一一日、再度組合に対し、右営業譲渡、賃金の支払計画を説明し、営業譲渡についての承諾を求めたが、組合は、これを拒絶したので、営業譲渡は成立しなかった。

(三) なお、布施教習所では、組合との労働協約で、組合の承諾がなければ、営業譲渡をすることは、できないことになっているのである。

(四) 以上の次第であって、原告ら主張の賃金債権の支払いができなくなったのは、組合が布施教習所の営業譲渡を承諾しなかったことによるものであって、本件入所受付の停止と直接の因果関係はなく、被告らには、結局その賠償責任はない。

6  さらに、原告らは、布施教習所の解散と従業員の解雇につき、布施教習所及び訴外長尾商事株式会社を相手どり、大阪地方裁判所に従業員としての地位確認及び賃金仮払の仮処分を申請したところ、(大阪地方裁判所昭和五三年(ヨ)第四七一九号事件)、昭和五七年七月三〇日右両会社に対し原告らの従業員としての地位保全認容の判決があったので、右長尾商事において、原告らに対し、昭和五七年九月二八日に昭和五三年五月分から同五七年九月分まで五三ケ月分の賃金及び執行費用として合計四億二四〇一万四二七二円を、また、昭和五七年一一月五日に昭和五三年四月分及び同五三年一〇月分の賃金として九〇〇万二五三二円(第三債務者からの入会分七二七万九四〇〇円を差引いた残額)を仮に支払った。

したがって、右賃金の仮払により、右賃金の支払不能による損害は、消滅したものというべきである。

7  右2ないし6のいずれの点からしても、被告らには、原告ら主張の未払賃金の支払義務はない。

8  なお、後記原告らの主張は争う。

三  右被告らの主張に対する原告両名の認否及び反論等

1  右被告らの主張のうち、2ないし5の事実は争う。

同6の事実のうち、昭和五三年四月分及び五月分の賃金の支払不能による損害が消滅したとある部分は争うが、その余の事実(昭和五三年四月分及び五月分の賃金の仮払等の事実を含む)は認める。

2  被告らの不当労働行為と損害の発生

被告らが、本件入所受付停止の措置をとり、また、在籍教習生の転退校を強要したことは、次の経過から明らかな通り、分会の潰滅を目的とした不当労働行為であって、これにより、原告らは、請求原因3に記載の賃金等の支払を受けられず、同額の損害を被った。

(一) 布施教習所は、昭和三八年一二月に設立された自動車運転技術者の養成等を目的とする株式会社であるが、設立以来の代表取締役である被告長尾は、布施教習所の収益をより増大させる目的をもって、昭和五一年春闘以後、直接布施教習所の経営に乗り出した。

被告長尾の増収のための経営方針は、賃金の抑制と従業員(原告ら)に対する稼働時間の増加要求であり、昭和五一年春闘において、一ケ月九〇〇〇時間の稼働保証を分会に求めたところ、これが受け入れられなかったことから、同被告は、従来の経営スタッフ(取締役)の労組対策が生ぬるいとして、分会への組織破壊攻撃のため、昭和五一年八月より同五二年七月までの間に、従前の取締役三名を辞職させた。

そして、右期間に分会潰しについて被告長尾と意を同じくする被告井出・同大屋・同長畑の三名が布施教習所の取締役に就任した。

(二) 被告らは、取締役会において、組合対策を協議し、これに従って布施教習所は、分会の組織破壊のために、昭和五二年春闘以降、団交拒否・分会員の動揺を目的とする昭和五二年四、五月の入所受付停止措置・分会幹部に対する不当処分・労働協約の全面破棄・一時金の不払いなど、数々の不当労働行為を強行してきた。

分会(ないし組合)は、このような不当労働行為に屈することなく、団結を一層固め、大阪府地方労働委員会に不当労働行為救済申立をする等して闘い、団交応諾・不当処分の撤回・労働協約全面破棄通告の撤回・夏季一時金支払等を要求してきた。

(三) 被告らは、このような分会に対し、分会員に動揺と幹部不信をもたらし、組織を破壊するための最も有効な手段として、昭和五二年一〇月二二日の取締役会において、同年一一月一日以降争議が解決するまで、新規教習生の入所受付を停止する旨を決議し、これに従って布施教習所は、右措置を実行した。

この措置は、布施教習所の収入源を断つことであり、これによって、分会員らが職を失なうよりは組合を捨てるであろうと云う発想の下に強行されたものであり、併せて、その後在籍中の教習生の転・退校をも強要したため、昭和五三年三月には、布施教習所には、生徒は全くいなくなった。

(四) 被告らは、右取締役会の決議に従い、昭和五三年一月以降入所受付再開を条件に、分会に対し、争議行為の禁止・賃金凍結・諸権利の剥奪を内容とする協定に応じることを迫ったが、分会がこれに応じなかったため、被告らは、分会潰しの最後の手段として、昭和五三年四月一五日の取締役会において、同年五月二〇日をもって教習所の事業所を閉鎖し、原告らを含む全従業員の解雇を決議した。

右決議に従って、布施教習所は、教習生の入所受付を再開しないまま、同年五月二〇日に事業所を閉鎖し、原告ら全員を解雇したが、原告らに対しては手元不如意を理由に、昭和五二年度夏季一時金残額・同年度冬季一時金全額及び昭和五三年四・五月分賃金を支払わない。

(五) 布施教習所には、昭和五三年五月当時において見るべき資産はなく、原告らの前記債権を支払うことは不能な状態となり、原告らは右債権相当の損害を受けたが、布施教習所が支払能力を失なったのは、被告らの前記昭和五二年一〇月二二日以降、同五三年四月一五日までの取締役会における無謀な決議により、収入の途を全く閉ざされたことによるものである。

右被告らの行為は、民法七〇九条七一九条の不法行為を構成し、商法第二六六条の三の取締役としての損害賠償責任を負うことになるものである。

3  昭和五二年四月の入所受付停止の不当性

布施教習所は、昭和五二年四月一一日から同年五月一八日まで、教習生の入所受付停止を行なった(第一次入所受付停止)。これは、折からの春闘において、布施教習所が団交を拒否するなかで行なわれたもので、分会の動揺をさそおうとするものであった。右春闘は、分会の上部団体が乗り出して解決し、その調印がなされた翌日の同年五月一八日に、右受付停止措置が解除されたことからも、布施教習所側の前記狙いは、明らかである。

被告らは、右昭和五二年四月の入所受付の停止は、在籍人数の調整がその目的であったと主張しているが、昭和五二年三月末の在籍教習生は九八四名であるのに対し、指導員の稼働時間は、同年二月は八三七九時間、同年三月は八九七〇時間であって、当時は、何ら在籍教習生の調整をする必要はなかったし、また、仮に、在籍教習生の調整をする必要があったとしても、教習生の教習開始を遅らせることによって、その調整をすることが可能であり、かつ、従前は、そのようになされていたのであるから、入所受付停止をするまでの必要は、全くなかったのである。

しかも、布施教習所では、右昭和五二年四月の入所受付停止措置の解除直後に、「入所申込受付を四月一一日からストップさせたため、四月度は、入所者数、卒業者ともに大巾なダウンとなったので、今後生徒獲得を目指して一層の努力を期待する。」(<証拠略>)として、従業員に奮起をうながしているのであって、このことからも、右入所受付停止は、在籍教習生の調整を目的としたものではないというべきである。

4  昭和五二年七月の入所受付制限の不当性

布施教習所は、昭和五二年七月六日から同年九月六日まで二ケ月間に亘って、入所受付の制限を行なった(第二次受付制限)。これは、受付けはするが、教習開始を遅らせるというものであったが、当時の在籍教習生の数は約八六〇名(<証拠略>)であり、昭和五二年六月の指導員の稼働時限数は八七〇七時間(<証拠略>)であるから、稼働状況は悪くなく、在籍教習生の調整の必要は、全くなかったのである。

布施教習所は、右受付制限により、同年八月末には、在籍教習生の数を六七七名に減少させ、空籍数を増大させて、同年九月からの朝の時間外勤務を、また同年一〇月からの夜の残業をそれぞれ制限して、分会をゆさぶろうとしたのである(<証拠略>)。

5  本件入所受付停止の不当性

昭和五二年七月からの第二次入所受付制限により、布施教習所における同年八月末現在の在籍教習生は、六七七名に減少したが、右入所受付制限を解除することによって、同年一〇月末の在籍教習生は、七四六名とやや回復した(<証拠略>)。しかし、受付制限をしなかった当時の実績に比較すると、まだ在籍教習生の数は、完全に回復してはいなかった。

一方、受付制限をしなかった時の布施教習所における指導員の稼働時間は、昭和五二年三月は八九七〇時間(<証拠略>)、同年六月は八七〇七時間(<証拠略>)、同年七月は八五三一時間(<証拠略>)であり、入所受付の停止又は制限をしたときの指導員の稼働時間は、昭和五二年四月が七四三四時間(<証拠略>)、同年五月が七八四〇時間(<証拠略>)、同年八月が六六二五時間(<証拠略>)、同年九月が六九五七時間(<証拠略>)となっており、原告らの組合活動やストライキによって、稼働時間の増減があるのではなく、在籍教習生の増減によって、稼働時間の増減があるに過ぎないのである。

また、本件入所受付停止を決めた昭和五二年一〇月当時、分会のストライキや抗議行動が激化したようなことはなく、却って、同年九月に入所受付制限が解除されたことにより、同年一〇月には、在籍教習生の数も増加し、指導員の稼働時間も七四八五時間(<証拠略>)と増加する傾向を示しているのである。

したがって、昭和五二年一〇月当時、布施教習所における在籍教習生の調整をする必要は全くなかったものであり、被告らは、本件入所受付停止をして、布施教習所を閉鎖状態に追い込もうとしたものであって、本件入所受付停止の措置は、全く不当なものである。

6  転退校の強要

布施教習所は、昭和五二年一一月二六日、原告らに対する夏季一時金についての仮払仮処分決定が出されるや、これに対抗して、同月二八日、教習中の在籍教習生に対して転退校を強要する文書を発送し、ひき続いて同年一二月三日、三〇日、同五三年一月一七日と同様の文書を発送し、在籍教習生をなくして、分会を動揺させようとした。

そのため、昭和五二年一一月末には六〇一名いた在籍教習生が、同年一二月には二一三名が卒業し、一一〇名が退所するなどして、著しく減少した。

以上要するに、布施教習所の右転退校の措置は、本件入所受付停止措置のみでは、分会の切崩しができなかったので、前記仮処分決定に対抗して、一層露骨な事業所の閉鎖の脅しを分会にかけ、分会員である原告らに失業か再建協定かを選択させ、結局、再建協定を押しつけて分会を骨抜きにしようとする意図のものであった。

7  営業譲渡の偽装

被告ら主張の布施教習所の営業の譲渡は、その経過・内容に照らし、全く具体性・現実性のあるものではなく、単に分会潰しを狙ったものである。

殊に、右営業の譲渡については、布施教習所の借入金、公租公課、未払費用、賃金等すべての債務を決済することを前提とするものであるところ、その譲渡代金は一億三〇〇〇万円から一億六〇〇〇万円の間といわれているのみであって、甚だ不明確であるし、また布施教習所の負債額も不明確であって、このような点からも、布施教習所が真摯に営業の譲渡を考えていたとは到底いい難いのであって、むしろ専ら分会潰しを考えていたというべきである。

なお、被告ら主張の営業の譲渡は、分会との争議をそのまま新経営者に引きつぐものであるところ、そもそも争議付きで営業の譲渡を受けるというようなことは、通常はありえないことであり、また分会の立場からしても、営業の譲渡を受けた新経営者と争議を継続することが明らかな状況で、その譲渡を了解することなどありえない。

8  布施教習所の資産内容とその減少

(一) 布施教習所の教習用資産の多くは、親会社である訴外長尾商事株式会社からの賃借物であって、布施教習所独自の資産としては、教習用自動車及び机、ロッカー等備品の一部等に過ぎず、みるべき資産はほとんどない。布施教習所が教習用に使用している約五七〇〇坪(一万八八四二平方メートル)の土地及び校舎兼事務所の不動産は、すべて訴外長尾商事株式会社の所有であり、さらに、右建物に備えつけられた設備や、教習用コース内の信号機等の教習用設備に至るまで、右訴外会社からの賃借物である。

以上のように、布施教習所の資産としては、不動産は全くなく、わずかの動産のみであって、単に人的施設としての従業員が布施教習所の実態を形成しているに過ぎず、そのため、布施教習所には、資金借入れの物的担保もなく、単に、毎日教習生を受け入れ、教習を行なうことによって得られる教習料でその運営がなされていたのである。

(二) 右のように、布施教習所では、教習生の入所を受付けることによって得られる日々の教習料によって、原告ら従業員に対する賃金、その他の支払いを行なってきたのである。

したがって、昭和五二年一一月一日から教習生の入所受付を停止した本件入所受付停止は、布施教習所の収入を閉ざすことになり、また、これが必然的に布施教習所の資産の大幅な減少をもたらしたのである。

ちなみに、当時の布施教習所の入所受付数は、一ケ月約三〇〇名であったから、一人当り平均一二万五〇〇〇円としても、一ケ月について合計約四〇〇〇万円の収入があるところ、本件入所受付停止により、右一ケ月約四〇〇〇万円の収入を自ら放棄したことになるのである。

(三) さらに、布施教習所は、前述の通り、昭和五二年一一月頃から、在籍教習生に対し、転退校を強要したが、これにより、布施教習所は、二〇〇〇万円以上もの現金を持ち出したのである。

すなわち、右教習生に対する転退校の強要により、昭和五二年一二月には一一〇名、同五三年一月には三八名、同年二月には一四名、同年三月には六名の以上合計一四八(ママ)名が転退校したところ、布施教習所では、退校の場合には払込の全額を、また、転校の場合には転校先との差額をそれぞれ支払い、そのために少なくとも二〇〇〇万円以上の現金を支出したのである。

(四) 以上のように、被告らの決定した本件入所受付停止及び転退校の強要は、明らかに被告らの背任行為であって、この違法な行為により、布施教習所の資産は加速度的に減少し、そのために、原告らは、前述の一時金、賃金の支払を受けられず、同額の損害を被ったものであるから、本件入所受付停止、転退校の強要と、原告らの被った右損害との間には、相当因果関係がある。

第三証拠(略)

理由

一  当事者等

原告らを含む別紙選定者目録記載の選定者ら(原告ら)が、訴外株式会社布施自動車教習所(布施教習所)に雇われ、同教習所で働く従業員であり、かつ、総評全国一般大阪地連全自動車教習所労働組合(組合)布施分会(分会)の組合員であったこと、被告長尾豊がもと布施教習所の代表取締役であり、その余の被告らがそれぞれ右布施教習所の取締役であったこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、被告長尾は、布施教習所が設立された昭和三八年一二月当時から右布施教習所の代表取締役であり、その余の被告らは、昭和五一年頃から同五二年七月頃までの間に布施教習所の取締役に就任し、以後引き続き、その職にあったこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  入所受付停止等

1  被告らが、昭和五三年四月一五日開催の布施教習所の取締役会で事業所閉鎖の決議をし、昭和五三年五月二〇日限り、原告ら従業員を解雇したこと、原告らが、布施教習所から昭和五二年度夏季一時金残額、同年度冬季一時金、昭和五三年度四月分、五月分の各賃金(但し、その金額の点は除く)の支払(仮処分による仮払でない本払)を受けていないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  そして、(証拠略)を総合すると、布施教習所では、昭和五二年一一月一日以降新規教習生の入所受付を停止する措置(本件入所受付停止)をとり、その後も右入所受付を再開することなく、その後布施教習所の事業所閉鎖がなされた昭和五三年五月まで右入所受付停止の措置をとり続けたこと、布施教習所は、本件入所受付停止後その在籍教習生に対し、転退校の措置をとる一方、新規の入所受付をしなかったので、在籍教習生はいなくなったこと、布施教習所は、昭和五三年四月一五日の取締役会で事業所閉鎖の決議をし、ついで、同年五月六日株主総会の決議により解散し、同月一六日解散の登記がなされたこと、そして、布施教習所は、現在、無資力で、原告らは、前記一時金、賃金の支払を受けることが事実上不可能であって、これと同額の損害を被ったこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  次に、(証拠略)を総合すると、被告ら四名は、昭和五二年一〇月二二日開催の布施教習所の取締役会において、昭和五二年一一月一日から布施教習所の新規の入所受付を停止する旨の決定をしたこと、そして、このことは、(証拠略)の右同日の取締役会議事録にも明確に記載されており、また、被告ら自身も、本件訴訟の当初において、右事実を認める旨の陳述をしていること(被告ら提出の答弁書及び昭和五四年一月一八日付準備書面参照)、以上の事実が認められ、右認定に反する被告井出倉蔵本人尋問の結果はたやすく信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

もっとも、被告らは、右(証拠略)の議事録は、その後昭和五二年一一月になってから労使紛争の資料のために作られたものであるから、これをもって、右取締役会において本件入所受付停止の決議がなされたと認めることはできないと主張しているが、右(証拠略)には、被告らがいずれも捺印しているのであって、このことと右(証拠略)の記載内容、形式等に照らして考えると、右被告らの主張事実に副う被告井出倉蔵本人尋問の結果はたやすく信用できないものというべきである。したがって、右の点に関する被告らの主張は採用できない。

三  被告らの責任

次に、原告らは、被告らが本件入所受付停止の決定をしたこと、その後布施教習所が右入所受付停止を継続し、また、在籍教習生の転退校を求めたことについて、被告らに不法行為ないし商法二六六条の三に基づく損害賠償責任があると主張するので、以下この点について判断する。

1  (証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  布施教習所は、昭和三九年一二月一九日設立された株式会社であって、自動車運転技術者並びに整備技術者の養成、道路交通安全に関する普及教育その他の業務を目的とするものであるところ、昭和五三年五月当時の資本金は二〇〇〇万円であり、その卒業生の数、敷地面積、設備の点等からみて、大阪府下の同業種の会社のなかでは、上位に位置する会社であった。

(2)  被告長尾は、布施教習所設立以来の代表取締役であり、また、被告井出は昭和五一年七、八月頃、被告大屋、同長畑は、昭和五二年七月頃、それぞれ布施教習所の取締役に就任し、その後昭和五三年五月頃まで右取締役であったところ、布施教習所の昭和五二年八月当時の従業員数は、社長の被告長尾以下合計約七〇名余で、普通車は約五五台、大型教習トラック三台を保有し、技能指導員は約四四名であったが、その後昭和五三年五月当時には、従業員数は約五十数名に減少し、そのうち分会員は約四一名であった。

なお、布施教習所の従業員で組織する労働組合(現在の分会)は、もと全日本総同盟に所属していたが、その後右同盟を脱退し、総評全国一般大阪地連に加盟し、現在の全自教労組の布施分会となった。

(3)  布施教習所の代表者である被告長尾は、従前は、その経営にほとんど関与せず、専ら担当所長に右経営を任せていたところ、布施教習所は、昭和四九年五月の決算で赤字となり、その後の経営状態も、必ずしも良好でなかったので、被告長尾は、昭和五一年の春頃から自らその所長に就任するなどして、積極的に右布施教習所の経営に当るようになり、組合ないし分会との団体交渉にも出席するようになった。

(4)  右の如く被告長尾が布施教習所の経営に積極的に当るようになってから、その経営内容を改善するため、分会に対し、教習の指導員(技能指導員)の稼働時間を一ケ月九〇〇〇時間にするよう要求したが、分会に拒否された。また、布施教習所は、昭和五二年の春闘における賃上げ交渉が妥結した後、小林副分会長が教習生とトラブルを起こしたとして、同副分会長に対し、指導員解除、譴責等の処分を行なったことや、昭和五二年の夏季一時金の団体交渉に応じなかったこと、さらに同年八月三一日付で、さきに分会との間に締結した協定等を全面的に破棄する旨通告したこと(<証拠略>)などから、布施教習所と分会との対立が深まり、分会は、昭和五二年六月頃以降、屡々ストを行なった外、原告ら組合員の組合活動による不就労の時間が増えるなどして、その教習業務はとかく円滑を欠き、能率が低下するようになった。

(5)  このような状況のなかで、布施教習所は、組合の昭和五二年度夏季一時金の統一要求に対し(<証拠略>)、その回答を全く出さなかったので、組合が大阪府労働委員会にその斡旋の申請をした結果、昭和五二年一〇月一八日、組合員一人平均三九万円を夏季一時金として可及的速かに支給することとの仲裁裁定が出された(<証拠略>)。

なお、布施教習所では、右仲裁裁定が出た場合には、これに従う旨の労働協約がある。

(6)  次に、布施教習所の昭和五二年九月末の在籍教習生は約七三一名(<証拠略>)、同年一〇月末の在籍教習生は約七四六名であり(<証拠略>)、一方、指導員の稼働時間数は、昭和五二年九月は合計六九五七時間(<証拠略>)、同年一〇月は合計七四八五時間(<証拠略>)で、平常の状態であれば必ずしも処理できない在籍教習生の数ではなかったが、前述のように、布施教習所では、当時、労使が対立し、部分スト等が屡々行なわれていた関係等から、教習業務が必ずしも円滑に行なわれておらず、教習生から教習の予約が取りにくいとの苦情があったことや、同年一〇月二〇日には、二人の管理職が退職したこともあって、同年一〇月二二日開催の取締役会で、被告らが同年一一月一日から新規の入所受付を停止することを決定し、右同年一一月一日からこれを現実に実施した。

(7)  一方、原告らは、布施教習所が前記大阪府地方労働委員会の仲裁裁定による昭和五二年度夏季一時金を支払わなかったので、大阪地方裁判所に右夏季一時金の仮払を求める仮処分の申請をし(大阪地方裁判所昭和五二年(ヨ)第四九〇一号事件)、その旨の仮処分決定を得て(<証拠略>)、同年一二月一日布施教習所の現金や動産等を差押え、同月九日、その一部を競売に付したが、右競売については、被告長尾の長男の妻の父に当る訴外相良富造がこれを競落した上、その後布施教習所に賃貸して(<証拠略>)、従前と同様の状態で使用されていた。

(8)  次に、布施教習所は、被告らの一致した意思に基づき、原告らが右夏季一時金仮払の仮処分決定を得た直後の昭和五二年一一月二八日頃から、数回に亘り、当時布施教習所に在籍していた教習生に対し、転退校を求め(<証拠略>)、一方、昭和五二年一二月以降も引続き、新規の入所受付の停止を続けた結果、昭和五二年一〇月末当時にいた在籍教習生は、その後無事教習を終了(卒業)し、或いは、転退校をして、昭和五三年三月頃には、その在籍教習生は全くいなくなった。

なお、布施教習所では、在籍教習生が退校した場合には、在籍教習生から預った受講料の全額を返還し、転校の場合にも、右転校先で要する費用の負担をしたので(<証拠略>)、右転退校をさせたことにより、かなりの費用を要した。

(9)  ところで、布施教習所では、前述の通り、昭和五二年六月頃からの労使の対立等のため、その業務が必ずしも円滑に行なわれず、かつ、昭和五二年一二月には、原告らの前記強制執行により、布施教習所の動産の一部が競売されたけれども、そのために、昭和五二年一二月ないし、同五三年一、二月当時において、その経営が全く成り立たないような状態ではなかった(このことは後記(10)(11)の事実から明らかである)。

(10)  そして、布施教習所の代表者である被告長尾自身も、昭和五三年一月当時には、布施教習所の事業を廃止することは全く考えておらず、分会の協力を得て、同教習所を再建しようと考え、(証拠略)の会社再建協定(案)を分会ないし組合に示して、その協力を求めたが、分会及び組合がこれに応じなかったので、同年二月に至り、終局的に自づから布施教習所を経営してこれを再建することを断念し、布施教習所の営業を他に譲渡することを考えるようになった。

(11)  なお、当時道路交通法の改正等により、布施教習所では、教習コース等その設備の一部を改善する必要があったところ、昭和五三年一月初め頃、被告長尾がその資金を調達するなどして、当時の布施教習所の設備の一部を、所定の基準に合うよう改善し、その後も引き続き、従前からの在籍教習生に対し、教習を行なってきた。

(12)  次に、布施教習所は、土地建物等の固定資産を有しておらず、同教習所の使用している土地建物はすべて訴外長尾商事株式会社の所有であって、これを賃借しているに過ぎず、その資産としては、教習用自動車や、机、ロッカー等の備品の一部があるに過ぎなかった。

そして、布施教習所の従業員に対する賃金、その賃借使用している土地建物の賃料、ガソリン代、電気、電話代等の諸経費は、新規の教習生の入所受付の際に支払われる受講料によって賄われていたから、新規の入所受付を停止すれば、忽ちその収入が途絶え、これを永続すれば、その経営資金が枯渇する関係にあった。

(13)  ところで、当時、一般に自動車教習所は、その入所希望者が多く、好況の時であったところ、前述の通り、布施教習所では、昭和五二年一一月一日からの入所受付の停止、同年一二月からの転退校等により、その在籍教習生の数は、同年一一月末には約六〇一名に(<証拠略>)、同年一二月末には約二七九名に(<証拠略>)に減少し、その後も在籍教習生は減少し続けていたし、かつ、当時布施教習所の経営が行き詰り、事業を廃止しなければならない程の状況にはなかったのであるから、少なくとも昭和五二年一二月頃からは、新規の入所受付を再開することは可能であったし、かつ、そうすれば、相当の入所の申込があり、かなりの収入が得られた。

ちなみに、従前の布施教習所の入所受付による収入は、昭和五二年六月は四一〇〇万円余、同年七月は二七〇〇万円余、同年八月は二六〇〇万円余、同年九月は四〇〇〇万円余、同年一〇月は三一〇〇万円であって、右五ケ月の一ケ月平均は三三五〇万円余である(<証拠略>)。

(14)  しかるに、布施教習所では、前述の通り、被告ら取締役の決議により、昭和五二年一一月以来、入所受付を停止していたので、その後は収入がほとんどなくなったところ、昭和五二年一二月分の従業員に対する給料は、自動車等を担保にして、訴外大阪中央信用金庫から借入れた資金でこれを支払い、また、昭和五三年一月から同年三月までの従業員に対する賃金は、被告長尾が訴外長尾商事株式会社から資金を借入れて調達するなどしてこれを支払ったが、昭和五三年四月分以降の賃金は、その資金がなかったところから、これを支払っていない。

(15)  被告長尾は、前述の通り、当時布施教習所の代表者としてその経営に当っていたが、その余の被告らも、当時随時開催されていた取締役会に出席するなどし、取締役として現実にその経営に参画していた。そして、被告らは、いずれも代表取締役ないし取締役として、前述の通り、本件入所受付の停止の決議をしたが、その後、右入所受付停止の継続や、在籍教習生に対する転退校の措置についても、これに賛成し、支持をしていた。

以上の事実が認められ、右認定に反する(証拠略)はたやすく信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  そして、以上認定の事実によれば、布施教習所が被告らの決議により昭和五二年一一月一日から入所受付停止の措置をとったことの適否は暫く措くとして、少なくとも昭和五二年一二月以降からは、当時、布施教習所の経営が行き詰って事業を廃止せざるを得ないような状態にはなく、被告長尾自身も昭和五三年二月中旬頃までは、その営業の継続を考えていたのであるし、また、在籍教習生の数もかなり減少していたのであるから、布施教習所の代表取締役ないし取締役である被告らとしては、さきに決定した入所受付停止の措置をやめ、新たに入所受付再開の決議をするなどして、布施教習所の収入をはかる措置をとるべきであったところ、被告らは、その一致した意思に基づく悪意又は重大な過失により、右入所受付再開の措置をとらず、布施教習所の収入の途を閉ざしたままに放置し、しかも在籍教習生の転退校をはかって、多額の費用を支出したものというべきであり、また、そのために、布施教習所は、多額の債務を負担するに至り、原告らの夏季一時金の残額や、昭和五三年四、五月分の賃金を支払うことができなくなったものというべきである。

そうとすれば、被告らが右入所受付再開の措置をとらず、また、在籍教習生の転退校の措置をとったことが、民法上の不法行為を構成するか否かは暫く措くとしても、被告らは、悪意又は重大な過失により、布施教習所の代表取締役ないし取締役としての任務を怠り、原告らに右夏季一時金の残額及び昭和五三年四、五月分の賃金相当額の損害を被らせたものというべきであるから、商法二六六条の三により、原告らの被った右損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

3  次に、原告らが昭和五二年冬季一時金の支払を受けることができなくなって被った損害については、被告らが前記の如く入所受付の再開の措置をとらず、在籍教習生の転退校の措置をとったことと相当因果関係のあることを窺わせる原告渡辺博、同和田真一各本人尋問の結果はいずれもたやすく信用できず、他に右相当因果関係の存在を認め得る証拠はない。

却って、前記1の冒頭に掲記の各証拠(但し、原告渡辺博、同和田真一各本人尋問の結果中、前記信用しない部分は除く)によれば、前記認定の通り、布施教習所の労使関係は、昭和五二年六月頃以降対立の関係にあり、同年九月ないし一〇月頃からは、その教習業務の能率も低下し、このような状態は、同年一二月頃以降も改善される見込がなかったこと、また、原告らは、昭和五二年一二月に、夏季一時金の支払を求めて布施教習所の動産の一部を競売したこと、したがって、布施教習所において、昭和五二年一二月頃以降新規の入所受付を再開しても、大阪府地方労働委員会の仲裁裁定による昭和五二年度冬季一時金を支払うことができたかどうかは甚だ疑わしく、むしろこれを支払う資力を回復しない状況にあったこと、以上の事実が認められる。

そうとすれば、原告らが昭和五二年冬季一時金の支払を受けられなかったことによる損害は、被告らが入所受付を再開せず、また、在籍教習生の転退校の措置をとったことによる損害とはいい難いから、右冬季一時金相当の損害賠償を求める原告らの請求部分は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

4  次に、被告らは、昭和五二年一二月当時、道路交通法の改正で教習コースの改修をしなければならなかったところ、原告らが昭和五二年度夏季一時金の支払を求めて強制執行をしたので、資金調達が不可能となり、コースの改修ができなくなって、教習に重大な支障が生じたとか、原告らが過激な闘争を行ない、昭和五三年一月に布施教習所の提案した再建案についての話合にも応ぜず、被告長尾やその他布施教習所の職制を罵倒し、在籍教習生に不快な感情と教習所不信の念を抱かせたこと等種々の事情をあげ、布施教習所としては、昭和五二年一二月以降も正常な業務を続けることができず、新規入所受付の再開をすることができなかったと主張している。

しかしながら、前記1に認定した通り、布施教習所では、道路交通法の改正によって必要となった教習コースの改修は、現実に昭和五三年一月初め頃これを行なったのであるし、また、その他当時布施教習所の業務を行なうことが不可能であって、入社受付を再開することができなかったとの事実を窺わせる(証拠略)はたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。却って、前記1に認定の事実に、(証拠略)によれば、昭和五二年一二月以降も、布施教習所では、在籍教習生がおり、これに対する教習業務は一応原告らによって行なわれていたのであって、その労使関係は円滑を欠いてはいたが、教習業務を行なうことが不可能な状態ではなく、むしろ原告らは、入所受付の再開を強く望んでいたこと、が認められる。したがって、右の点に関する被告らの主張は失当である。

5  次に、被告らは、原告らが昭和五二年度夏季一時金及び昭和五三年四、五月分の賃金の支払を受けられなかったことによる損害は、本件入所受付停止と相当因果関係がないと主張している。しかしながら、(証拠略)によれば、布施教習所では、昭和五二年夏季一時金については、当初原告らに対し、一人平均一五万円を支払い、その余は分割で支払うよう提案したことがある外、昭和五二年一二月にも、右夏季一時金の支払についての団体交渉の申入れをしたことがあること(<証拠略>)、また、布施教習所の昭和五二年六月から同年一〇月までの新規の入所受付けによる収入が一ケ月平均三三〇〇万円を超えていたことが認められるのであって、これらの事実に、前記1の冒頭に掲記の各証拠によれば、右原告らの夏季一時金及び昭和五三年四、五月分の賃金は、入所受付停止の措置を継続せず、かつ、在籍教習生に対する転退校の措置をとらなければ、これを支払うことは十分可能であったと認めるのが相当である。したがって、原告らが右夏季一時金及び昭和五三年四、五月分の賃金を受けられなかったことによる損害は、被告らが本件入所受付を再開せず、在籍教習生の転退校の措置をとったことと相当因果関係があるというべきであるから、右相当因果関係がないとの被告らの主張は失当である。

6  次に、被告らは、その後原告らに対する夏季一時金及び賃金の支払いができなくなる虞れが生じたので、布施教習所では、その支払の源資を捻出するため、経営者の交替とこれによる営業の譲渡を計画して努力した結果、昭和五三年三、四月頃には、組合の同意さえあれば、一億三〇〇〇万円で右営業を他に譲渡できたのにも拘らず、組合が右営業譲渡についての承諾をしなかったので、右営業譲渡ができず、結局営業廃止のやむなきに至って、右一時金及び賃金を支払うことができなくなったのであるから、右夏季一時金及び賃金の支払ができなくなったことによる損害については、被告らに責任はないと主張している。

しかしながら、昭和五三年三、四月頃、組合の承諾さえあれば、布施教習所の営業が代金一億三〇〇〇万円で譲渡できたとの事実を窺わせる(証拠略)は、(証拠略)に照らしてたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。

却って、原告渡辺博、同和田真一各本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨によれば、布施教習所では、昭和五三年三、四月当時も、労働争議が続いていて労使間に深刻な対立があり、その解決の目処がついていなかったことが認められるところ、このように労働争議が続いている状態で、布施教習所の営業を、従業員つきのまま、代金一億三〇〇〇万円で譲渡できたか否かは、甚だ疑わしいというべきであって、むしろ特段の事情のない限り、右営業譲渡をすることはできなかったと認めるのが経験則に合致するものというべきである。

のみならず、本件における全証拠によるも、右布施営業所の営業譲渡につき、組合にその承諾をする義務のあることを認めることはできないから、組合が右承諾をしなかったことを理由に、前記認定の被告らの損害賠償責任を否定することはできないものというべきである。

したがって、以上いずれにしても、被告ら主張の営業譲渡につき、分会が承諾しなかったことを理由に、被告らの前記損害賠償責任を否定することはできないものというべきであるから、右の点に関する被告らの主張は、失当である。

四  損害

1  昭和五二年度夏季一時金残額

(証拠略)を総合すると、原告らの昭和五二年度夏季一時金の残額は、別紙未払賃金明細表「(一)夏季一時金残額」欄記載の金額であって、合計五六三万九四二〇円であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  昭和五三年四、五月分の賃金額

(証拠略)中には、原告らの昭和五三年四月分(五月分も同じ)の賃金額は、別紙未払賃金明細表の「(三)四月分賃金(五月分も同じ)」欄に記載の金額である旨の記載及び供述がある。しかし、(証拠略)に照らして考えると、右賃金額(但し、選定者橋本善嗣の賃金額は除く)に関する(証拠略)はたやすく信用できず、他に右賃金額(但し、選定者橋本善嗣の賃金額は除く)に関する原告らの主張事実を認め得る証拠はない。却って、(証拠略)によれば、選定者橋本善嗣を除くその余の原告らの昭和五三年四月の賃金額は、別紙賃金計算書「平均賃金」欄記載の金額であり、同年五月分も同額であると認めるのが相当であるし、また、原告和田真一本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、選定者橋本善嗣の昭和五三年四、五月分の賃金額については、いずれも各金一五万一五四五円であると認めるのが相当である。したがって、原告らの昭和五三年四、五月分の賃金額の合計は、一五八四万八一八八円というべきである。

3  そして、さきに認定したところから明らかな通り、原告らは、右夏季一時金及び賃金の合計二一四八万七六〇八円の支払を受けられず、同額の損害を被ったものというべきところ、原告渡辺博本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、右損害賠償債権の履行期は、遅くとも昭和五三年五月分の賃金の支払期である同年五月二五日にはすべて到来していたものというべきである。

ところで、前記認定の原告らの昭和五三年四月分及び五月分の賃金のうち、選定者松山功、同芥川満博、同野田一光、同中秀行、同石永邦雄の賃金額は、原告ら主張の額よりも合計二万九二三二円(一ケ月につき一万四六一六円)多いので、結局、被告らは、商法二六六条の三に基づき、原告らに対し、連帯(不真正連帯)して、前記夏季一時金及び昭和五三年四、五月分の賃金の合計額二一四八万七六〇八円から右二万九二三二円をさし引いた二一四五万八三七六円を支払う義務がある。

4  もっとも、原告らが布施教習所及び訴外長尾商事株式会社を相手方として、大阪地方裁判所に従業員としての地位保全及び賃金仮払の仮処分を申請したところ(大阪地方裁判所昭和五三年(ヨ)第四七一九号事件)、昭和五七年七月三〇日、右申請を認容する判決がなされたので、その後長尾商事において、原告らに対し、昭和五七年九月二八日、昭和五三年五月分から同五七年九月分の賃金等合計四億二四〇一万四二七二円を仮に支払い、また、昭和五七年一一月五日昭和五三年四月分及び同五七年一〇月分の賃金として九〇〇万二五三二円(但し第三者からの入金分七二七万九四〇〇円をさし引いた残額)を仮に支払ったこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

被告らは、訴外長尾商事株式会社が右昭和五三年四月分及び五月分の賃金を仮に支払ったことにより、右賃金の支払不能による損害は消滅したと主張するが、右昭和五三年四月分及び五月分の賃金については、前記大阪地方裁判所の地位保全、賃金仮払の仮処分判決に基づき仮に支払われたものに過ぎず、右賃金に対する本来の弁済として支払われたものでないことは、弁論の全趣旨から明らかであるから、これにより、原告らの本件損害賠償債権が消滅することはないというべきである。したがって、右の点に関する被告らの主張は失当である。

五  結論

よって、原告らの本訴請求は、商法二六六条の三に基づき、被告らに対し、連帯して、右損害合計二一四五万八三七六円及びこれに対するその最終の履行期後の昭和五三年五月二六日以降右支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから、右の限度で認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用につき民訴法九二条九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤勇 裁判官 千徳輝夫 裁判官 小宮山茂樹)

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